東京地方裁判所 昭和48年(ワ)5537号
原告
全逓信労働組合
右代表者中央執行委員長
石井平治
右訴訟代理人弁護士
松崎勝一
(ほか四名)
被告
鈴木潔
(ほか一一六名)
右一一七名訴訟代理人弁護士
菅博
同
藤本昭
被告
宮本章
(ほか六名)
主文
一 被告らは、原告に対し、それぞれ別表(略)の各被告名下の「請求額」欄記載の金員及びこれに対する同「訴状送達の日の翌日」欄記載の日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求をいずれも棄却する。
三 訴訟費用は被告らの負担とする。
四 この判決は、原告勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。
事実
第一当事者の求める裁判
一 原告
1 被告らは原告に対し、それぞれ別表の各被告名下の「請求額」欄記載の金員及びこれに対する同「請求日」欄記載の日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告らの負担とする。
3 仮執行の宣言。
二 被告ら
1 被告宮本章、同橋元実、同山下嘉友、同安藤征男、同名本広文及び同木村喜七(以上の被告六名を以下、被告宮本らという。)並びに被告加納秀雄(以下、被告加納と略称する。)を除く、その余の被告ら(以下、被告鈴木らという。)
原告の請求をいずれも棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
2 被告加納
原告の請求を棄却する。
第二当事者の主張等
一 請求原因
1 原告は、郵政労働者の労働条件の維持、改善及び相互扶助等を主たる目的として組織された労働組合である。被告らはいずれも、郵政職員であるところ、もと原告の組合員であったが、別表の各被告名下の「請求日」欄記載の日の前日にそれぞれ原告を脱退した。
2(一) 被告らはいずれも、原告の組合員であった間、原告の最高執行機関である中央執行委員会の決定及び指令に基づいて争議行為を行なったが、この争議行為を理由に、郵政当局から別表の各被告名下の「事由」欄記載の期の昇給につき、一期延伸され、又は一号減俸された。
因に、原告組合員の定期昇給に関する郵政省と原告との間の協約の内容は次のとおりである。
すなわち、昭和三〇年四月一日から同四四年三月三一日までの間は、定期昇給の時期が年四回定まっており(四月一日、七月一日、一〇月一日及び一月一日)、各組合員は、各昇給期毎に、一号俸上位の号俸に昇給していた。しかし、昭和四四年四月一日以降は、昇給期は四月一日のみの年一回となり、各組合員は、毎年四月一日に四号俸上位の号俸に昇給することになった。
右の昇給制度の改訂に伴い、昇給の減額の方法も変わり、昭和四四年三月三一日以前は、当該昇給期に昇給されず、その結果、爾後、昇給延伸がなかった場合に比べて三か月ずつ(一期)昇給が遅れることになり、同年四月一日以降は、当該昇給期に三号俸だけ上位の号俸に昇給され、その結果、爾後、四号俸昇給の場合に比べて一号俸ずつ少ない昇給にとどまることになった。
従って、被告らのうち、別表の「事由」欄に昭和四四年三月三一日以前の日時が記載されている者は昇給一期延伸の措置を、同欄に同年四月一日以降の日時が記載されている者は昇給一号減俸の措置を、それぞれ受けたのである。
(二) 原告は、原告の規約に基づく犠牲者救済規定(以下、規定と略称する。)及びその施行細則(以下、細則と略称する。)の定めるところにより、被告らに対し、右の昇給延伸ないし昇給減号俸により被った損失の補償として、別表の各被告名下の「支給日」欄記載の日に、同「支給額」欄記載の金額の犠牲者救済金(以下、犠救金と略称する。)を支給した。
(三) 右の犠救金の支給及び支給額算出等の根拠となった規定及び細則中の関連部分の内容、改訂経過等は別紙規定等一覧表(略)記載のとおりである。
すなわち、原告は、昇給延伸ないし昇給減号俸(以下、この両者を合わせて昇給延伸等ともいう。)により組合員が将来にわたって継続的に被る損失を次のような方法で補償してきた。
(1) 昭和三二年五月二七日から同三五年七月一二日までの間は、まず昇給延伸の時から五年間の損失分を支給し、以後五年毎に継続支給する(五年毎補償)。
(2) 昭和三五年七月一三日から同四〇年八月二七日までの間は、昇給延伸の時から六〇歳に至るまでの間の損失分を一括して前渡支給する(一括補償)。
(3) 昭和四〇年八月二八日から同四三年八月二九日までの間は、毎年の損失分をその都度支給する(毎年補償)。
(4) 昭和四三年八月三〇日以降は、まず昇給延伸等の時から三年間の損失分を支給し、以後三年毎に継続支給する(三年毎補償)。
なお、右の五年毎補償から一括補償への改訂に際しては、従前五年毎補償をしてきた者に対しても昇給期を基準として改訂の時点で精算のうえ六〇歳までの一括分を追加支給し、一括補償から毎年補償への改訂に際しては、昇給延伸の原因となった行政処分の発令時を基準とし、行政処分の発令時が改訂施行日(昭和四〇年八月二八日)前である者については昇給延伸期が右改訂日以後であってもなお改訂前の規定及び細則に則り一括補償することにし、毎年補償から三年毎補償への改訂に際しては、昇給期を基準として三年毎補償を実施することにし、従って、従前毎年補償を受けていた者についても、一年間の補償期間を経過した時点から三年毎に補償金を支給することにした。
ところで、被告らのうち、昇給延伸期が昭和四〇年八月二八日から同四三年八月二九日までの間となっている者は総て、一括補償から毎年補償への移行に際し、右経過措置により一括補償を受けたものである(従って、犠救金の返戻義務の生ずる余地のない毎年補償の受給者は被告中には含まれていないのである。)から、結局、被告らのうち、別表の「事由」欄記載の年月が昭和四三年八月以前の者は総て一括補償による犠救金の支給を受けたものであり、同年九月以降の者は三年毎補償による犠救金の支給を受けたものである。
3(一) 被告らは、右のように一括又は三年毎の補償という方法で犠救金の支給を受けたものであるが、それぞれ前記の日時に原告を脱退したから、その受給した金員のうち脱退後の損失分に相当する金員を原告に返戻する義務がある。
すなわち、原告の犠牲者救済制度(以下、犠救制度と略称する。)の趣旨は、原告所属の組合員が組合機関の決定に基づく組合活動を行なった結果犠牲を被った場合に、その損失を組合員全体の資金によって可及的に填補し、もって原告の労働組合としての団結権の維持、強化をはかり、ひいて原告の目的である組合員の労働条件の維持、改善、社会的地位の向上を達成しようというものであって、このような制度の本質からみて、原告の目的とするところに反して原告を脱退した者に対しその脱退後の損失分まで補償するということは、右制度の全く予定しないところであるといわなければならない。従って、犠救制度の運用上将来の一定期間分の損失に対する補償金の前渡しを受けた組合員がその後原告を脱退した場合にその受給した金員のうち脱退後の損失分に相当する金員を原告に返戻する義務を負うことは、右の制度の本質に照らし当然というべきであり、また、この理は、前記規定中の一部に存する「組合員としての資格を有する間補償する。」との規定にも端的に表現されているところである。
因に、犠救金の返戻に関する条項(以下、返戻条項ともいう。)は、昭和三六年七月二〇日、別紙(略)規定等一覧表記載の細則(3)(以下、細則(3)と略称する。その他の規定及び細則についても右のように表示する。)第一五条(六)項として初めて明文化され、これは細則(4)第一五条(5)項に引き継がれたが、昭和四〇年八月二八日、毎年補償制の実施に伴って削除され、更に、三年毎補償制下の昭和四五年九月三日、規定(7)第四六条第一号但書として再度明文化された。
従って、右の各返戻条項の存在する時期に犠救金の支給を受けた被告らは当然犠救金返戻の義務を負うし、また、昭和四〇年八月二八日から同四三年八月二九日までの間に支給を受けた被告らについても、右2の(三)に記載のとおり、規定(4)及び細則(4)に基づき一括補償を受けたのであるから、同細則が適用されるのが当然なのであるが、このような返戻条項の存在しない時期(昭和三六年七月一九日以前及び同四三年八月三〇日から同四五年九月二日まで)に犠救金の支給を受けた被告らも犠救制度の本質からして当然返戻義務を負うのである。
(二) そして、被告らが原告に返戻すべき金額は、右の各返戻条項及び犠救制度の趣旨に照らし、(1)昇給延伸期が昭和四三年八月以前の被告らすなわち一括補償を受けた被告らについては、その支給基礎年数(六〇歳から昇給延伸期時の年齢を差し引いた年数)から昇給延伸期より脱退までの組合在籍年数(一年未満は一年とする。)を差し引いた残余の年数の比率により算出した金額となり、(2)昇給延伸期が同四三年九月以降の被告らすなわち三年毎補償を受けた被告らについては、支給対象年数三年から組合在籍年月数を差し引いた残余の年月数に相当する損失部分となるべきである。
そうして、右(1)の場合について、被告毎の昇給延伸期時の年齢は別表の各被告名下の「当時の年齢」欄に記載のとおりで、従って、支給基礎年数は同「支給基礎年数」欄記載のとおりとなり、組合在籍年数は同「組合在籍年数」欄に記載のとおりであるから、支給された金額に対する返戻すべき金額の割合は同「返戻の割合」欄記載のとおりとなり、結局、返戻すべき金額は同「請求額」欄記載のとおりとなる。また、右(2)の場合について、被告毎の組合在籍年月数は別表の各被告名下の「組合在籍年数」欄記載のとおりで、これをもとに前述の方法で返戻すべき金額を算出すると、同「請求額」欄記載のとおりとなる。
(三) なお、被告らの右返戻債務の履行期の点については明文の定めはないが、右債務が、前渡金の返還という性質を有するものであり、しかも脱退という被告らの任意にして、かつ、原告及び本件犠救制度の目的に根本から背馳する行為に基づき発生するものであること等に鑑み、脱退と同時に履行期が到来するものと解するのが相当である。
4 よって、原告は被告らに対し、別表の各被告名下の「請求額」欄記載の金員(一被告につき「請求額」欄に二個の金額の記載のあるものはその合算額)及びこれに対する各被告の脱退の日の翌日である同「請求日」欄記載の日から完済に至るまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。
二 請求原因に対する被告らの答弁等
1 被告鈴木ら
(一) 請求原因1の事実は認める。
(二) 同2の(一)の事実は認めるが、(二)の事実は争う。(三)のうち、規定(6)の第四七条の内容及び規定(7)の第四六、第四七条の各内容がいずれも原告主張のとおりであることは認めるが、その余の事実は争う。
(三) 同3のうち、犠救制度の趣旨は知らないし、その余の事実は争う。
本件犠救金の返戻に関する条項は、昭和三六年七月二〇日施行の細則(3)の第一五条(六)項として初めて規定され、同条項は昭和四〇年八月二七日に廃止されたが、その後昭和四五年九月三日改訂施行の規定(7)の第四六条により再び明文化されたものである。従って、被告らのうち昭和三六年七月一九日以前及び同四〇年八月二八日から同四五年九月二日までの間に犠救金の支給を受けた者については、犠救金返戻の根拠は存しない。また、犠救金支給の時期が同三六年七月二〇日以降である被告らについても、その原因となった組合活動(ストライキ参加行為)が同日より前になされた者については、たまたま昇給期が遅かったために犠救金の支給が遅くなったにすぎないのであるから、これらの被告についても、公平の観点から、返戻の義務はないものというべきである。
原告は、犠救金返戻の義務は犠救制度の本質から当然に生ずるものであって、返戻条項の存否は問題ではない旨主張するが、組合活動としてのストライキ参加行為を理由に昇給延伸等の措置を受けたことによる不利益は、当該組合員が原告を脱退すると否とにかかわらず、退職まで続くのであり、従って、犠救制度の目的は損失の究極的な補償にあると考えられるのであって、原告を脱退したときは犠救金を返戻するなどということは、少なくとも右返戻条項の新設前には、全く予定されていなかったのである。ところが、原告が違法なストライキを反復したため、昭和三五年頃から、これを批判し、原告を脱退して、全日本郵政労働組合(以下、全郵政と略称する。)の前身に当たる全国特定局従業員組合(その後、全国特定局労働組合と名称を改めた。)ないし郵政労働組合に加入する者が激増するに至ったので、原告は脱退を防止するため、また、原告を脱退して全郵政に加入した者に対する制裁として、返戻条項を新設したのである。従って、右返戻条項が設けられる前にストライキに参加した者は、これを理由に昇給延伸等の措置を受ければ確定的に犠救金を得られるものと信じていたし、オルグ等もそのように説明していたのである。
仮に、犠救制度の本質からみて、原告を脱退した者は犠救金返戻の義務を負うとしても、右の義務は単に抽象的なものにすぎないのであって、具体的な返戻義務が生ずるためには、返戻の方法、割合等について定めた具体的規定の存することが必要であるところ、本件においては、右のような具体的な規定は存在しない。
よって、被告鈴木らには犠救金返戻の義務はない。
2 被告宮本ら
いずれも適式の呼出しを受けながら、本件口頭弁論期日に出頭せず、答弁書その他の準備書面も提出しない。
3 被告加納
請求原因事実は全部認めるが、請求されている金員を即時に支払う余裕がない。
三 被告鈴木らの抗弁
1 本件犠救金返戻条項は、結社の自由を保障する憲法第二一条及び労働者の団結権を保障する憲法第二八条に違反するものであって、公序良俗に反するものであるから、民法第九〇条により無効である。
すなわち、右返戻条項は、例年慣例的にストライキを反復する原告に対して批判的な見解を有した原告の組合員が相次いで全郵政の前身である全国特定局従業員組合(その後、全国特定局労働組合と名称を改めた。)ないし郵政労働組合に加入するという情勢下において、組合員の脱退を防止しようとの目的のみをもって昭和三六年七月二〇日に新設されたものである。そして、当時、犠救制度は六〇歳に至るまでの一括補償形式であり、犠救金の額は相当高額なものであって、さして高額な所得も得ていない郵政労働者にとって、一括補償を受けた金員を組合脱退時に一時に返還することは困難なことであり、このため、右返戻条項が有効だとすれば、原告の活動方針に批判的な組合員が脱退を希望しても、犠救金の即時返還能力がないとの理由だけで脱退を思いとどまらざるを得ないという事態を生ずるのである。従って、このような規定は、結局、憲法上保障された結社の自由及び団結権を侵害するものというべく、公序良俗に反し無効であるといわなければならない。
2 原告の本訴請求は、原告を脱退して全郵政に加入した被告らに対する報復手段として被告らを困惑させる目的のみをもってなされたものであるから、権利の濫用であって、許されない。
因に、原告の主張するところに従うならば、原告を脱退した総ての者に対して犠救金の返戻請求がなされるべきであるのに、本件訴訟の被告の殆どは原告を脱退して全郵政に加入した者であり、原告は、原告を脱退しても全郵政に加入しなかった者に対しては請求していないし、手違いによって訴求した者に対する関係では訴を取り下げているのである。
3 仮に、右各抗弁に理由がないとしても、被告らは、それぞれ原告に対し次に述べるとおり不法行為に基づく損害賠償債権を有しているところ、昭和四九年七月二二日、本件第六回口頭弁論期日において、右債権をもって原告の本訴請求額と対当額において相殺する旨の意思表示をした。
公共企業体等労働関係法第一七条に違反してなされるストライキは違法であって、これに参加した組合員に対してされる行政処分は当然の措置であるところ、郵政当局は、昭和三五年後半頃から、違法ストライキについては役員のみならず一般組合員をも処分の対象にするようになり、従って、原告は、一般組合員をストライキに参加させれば一般組合員も行政処分を受け、その結果昇給延伸等による財産的損害を被ることを十分認識していた。
ところが、原告は、例年ストライキを実施するに当たって闘争指令を発し、次いで指導文書を発してストライキを実施すべき拠点郵便局(原告組合支部)を定めるとともに、当該拠点局にオルグを派遣して拠点局である支部の執行権を停止し、派遣オルグに指導権を全面的に帰属させてストライキの指導をさせた。そして、拠点局の指定はストライキ当日又はその前夜遅くに通達することによって、当該拠点局の一般組合員によるストライキ回避の策動を防止した。更に、ストライキ回避者に対しては原告組合員による暴行、脅迫、名誉毀損等の事件が続発したが、原告はこれを黙認してきたし、ストライキの拠点局の原告組合支部長等は、ストライキの実施に際し、一般組合員は絶対に行政処分を受けない等の詐言を用いてきた。
従って、被告らは、ストライキに参加しなければ自己及び家族の生命、身体の安全が脅かされるという心理的強制とストライキに参加しても行政処分を受けることはないという錯誤の結果ストライキに参加したものであって、自発的意思に基づき任意に参加したものではないのである。
右のように強制し或いは詐言を用いて被告らを違法なストライキに参加せしめた原告の行為は、不法行為に当たるというべきであり、不法行為の時期は、被告らが参加したストライキ当時であるから、各被告につき別表の各被告名下の「事由」欄記載の時期の数か月前であり、不法行為による損害の発生時期は、昇給延伸等の措置を受けた同欄記載の時であり、損害の額は、本件犠救金支給額から被告らが究極的に補償を受けた額を控除した額、すなわち原告の被告らに対する本訴請求の額を下らないものである。
四 抗弁に対する答弁
1 抗弁1及び2の各事実はいずれも争い、同3の事実は否認する。
2 抗弁に対する反論
(一) 抗弁1について
原告の本訴請求は、原告を脱退した組合員に対し前払いをした犠救金のうち脱退後の分について返戻を求めるものであって、脱退に際し新たに制裁金を課するものではないから、組合脱退の自由を侵害するものということはできない。原告の組合員が脱退に伴い犠救金返戻の義務を負うことから、脱退が事実上制約されるとしても、それは、各組合員が原告組合にとどまることと脱退することとの利益、不利益を彼此勘案したうえで決定した結果にすぎないのであって、右の事実上の制約は原告が労働組合として団結を維持することを目的としている以上当然のこととして是認されるものである。
そして、このことは、たとえばユニオン・ショップ制にみられるように、法も容認するところなのである。
(二) 抗弁2について
原告が、労働組合として、その団結に背馳した者に対し犠救金の返戻を求めるのは、犠救制度の本質に照らし当然のことである。また、本件訴訟の被告に全郵政の組合員が多いのは、そもそも原告を脱退した者の多くが全郵政に加入したことと、全郵政に加入しなかつた者には脱退に際し或いは原告からの請求を受けて任意に犠救金を返戻した者が多いのに、全郵政に加入した者のうち殆ど総ての者は、原告に対する犠救金の返戻義務がないとの全郵政の指導に従って返戻しないままになっていることによるのである。
(三) 抗弁3について
被告らの昇給延伸等の原因となった組合活動は、被告らが組合員としてその意思により選出した代表者によって構成される組合機関の決定に基づくものであるから、団体法理としては被告ら自ら決定したのにほかならないことになり、原告が強大な統制権を背景に違法行為を強制したというのならば、被告らとしては、機関決定に際し意見を述べるなどして原告の運動方針を批判し是正するというのが組合員としてとるべき方法であり、そういう努力をしないで組合活動に参加しておきながら、脱退後になってストライキが違法であるなどと主張するのはおよそ労働組合員の規範意識には合致しないものである。
また、被告らは、原告がストライキへの参加を強制したと主張するが、原告がその組合員に対しストライキに参加するよう説得することは労働組合として当然のことであるところ、原告の被告らに対する説得は被告らの意思決定の自由を著しく拘束するようなものではなく、被告らはいずれも自己の責任において自発的にストライキに参加したのである。
従って、原告にはなんら不法行為責任がないというべきである。
第三証拠(略)
理由
第一 まず、原告と被告鈴木らとの関係について検討する。
一 請求原因1及び2の(一)の各事実並びに同2の(三)のうち、規定(6)の第四七条の内容及び規定(7)の第四六、第四七条の各内容が原告主張のとおりであることはいずれも当事者間に争いがなく、同2の(二)の事実及び2の(三)のその余の事実は、(証拠略)を総合して、これを認めることができる。
二 そこで、被告らに、その受給した犠救金のうち原告を脱退したのちの損失分に相当する金員を原告に対して返戻する義務があるか否かについて判断する。
労働組合においては、その組合員が組合活動のために損失を被った場合、これを補償することがあり、とくに、組織の大きな労働組合では、制度的に、このような損害の補償をすることとしているものが多いのであるが、一体このような補償を行なうかどうか、行なうとしていかなる限度で、また、いかなる方法で行なうかは、当該労働組合の財政その他の事情により自ずから異なるものであって、ひっきょう、当該労働組合の自主的決定に委ねられているものと解される(このことは、本件のように、労働組合の統制権に基づく指令により、組合員がストライキを行ない、その結果当該組合員が昇給延伸等の措置を受け、損失を被ったような場合であっても同様である。)。
そこで、本件についてみるに、(証拠略)を総合すれば、原告の犠救制度は、その組合員が組合活動のために被った損失をできるだけ補償することにより、組合員間に統一、連帯の意識を確立するとともに、組合員をして安んじて組合活動ができるようにし、もって団結の維持、強化を図るという趣旨のもとに設けられているものであること、そして、原告においては、右の趣旨のもとに、現に犠救金を受給している者を含め全組合員が、犠牲者救済資金として、原告に対し、毎月一定額を納入し、かつ、毎年、組合大会で決定された額を臨時に納入し、この資金のうちから犠救金が支払われるものであること、なお、組合員資格を失った者は右資金の納入義務を免れることが認められ、右の制度の趣旨及び救済資金は専ら現存の組合員の拠出によっているという事実からすれば、原告の犠救制度は、その組合員が昇給延伸等による損害を被った場合、当該組合員が組合員資格を有する間に具体化した損失についてのみ補償し、除名、脱退等により組合員資格を失ったのちの損失については補償しない趣旨のものと解され、昭和三四年一月三一日改訂施行の規定(2)の第八条第二号が、「昇給延伸の補償についてはその事由発生の月より組合員としての資格を有する間細則第一五条の方法により補償を行う。」と定めているのは(なお、「組合員としての資格を有する間」補償を行なうとの趣旨の定めは、その後の数次の改訂においても終始維持されている。)、右に述べた本件犠救制度の趣旨を端的に明らかにしたものとみられる。
そうだとすれば、原告が被告らに対し一括補償ないし三年毎補償をなしたのは、専ら犠救金支給事務の簡素化という技術的な理由によるものというべく、支給日後の損失分については、受給者が爾後も組合員としてとどまることを前提として、後日逐次支給すべき分を予め一定の方法で計算支給する前渡金としての性格を有するものと認められるから、もし受給者が右の計算の基礎とされた期間の中途において脱退、除名等により組合員資格を失った場合には、すでに支給された補償金中資格喪失後の損失補償に相当する部分は、当然原告に返戻すべきものといわなければならない。
もし右のように解さず、資格喪失後の損失補償に相当する部分の返戻義務がないとすれば、一括補償ないし三年毎補償を受けた者が右補償の計算の基礎とされた期間の中途において脱退、除名等により組合員資格を失った場合には、犠牲者救済資金納入の義務は免れながら、補償の利益は享受するという不合理な結果となるから、この点からしても、本件返戻義務を肯定するのが相当なのである。
ところで、犠救金の返戻義務については、細則(3)の第一五条において初めて明文化され、これが細則(4)に受け継がれ、昭和四〇年八月二八日の毎年補償方式の施行に伴って削除され、三年毎補償方式がとられるようになったのちの昭和四五年九月三日改訂施行の規定(7)の第四六条第一号但書において改めて明文化されるに至ったのであるが、返戻義務が制度の趣旨から当然に導き出されることは前述のとおりであるから、右の各返戻条項はいずれも、当然のことを確認的に明文化したものにすぎないというべきである。
三 そこで次に、返戻すべき金額の点につき判断する。
まず、一括補償方式により支給を受けた者についてみるに、細則(3)の第一五条(六)項(ホ)は、「返戻の割合は、計算基礎となった支給年数から組合在籍年数又は支給理由が消滅するまでの分(一年未満は一年とする)を差引いた残余の年数による比率と」する旨定めており、この規定は細則(4)にも引き継がれたものであるところ、(証拠略)及び弁論の全趣旨によれば、一括補償方式における補償金算出の方法は、補償事由発生時の昇給間差額と六〇歳に至るまでの間の昇給とを総合して支給基礎年数の間の平均的昇給間差額を設定して、これを基礎とし、更に、六〇歳で退職するものとして退職金の損失分をも加算して算出した金額から年五分の割合による中間利息を控除したものを補償金額とすること、そして、右の細則に基づき算出した返戻金額は、おおむね、支給を受けた補償金額から組合脱退時までの損失相当額を控除した金額に、その受領の日から年五分の割合による利息を付して算出した金額を上回ることにはならないことが認められ、右一括補償金の算出方法に照らせば、右細則所定の返戻金額算出方法は、約二〇万名という多数の組合員を擁し(<証拠略>)、従って画一的かつ簡易な算出方法を要請される原告のそれとして、最も合理的なものということができる。
そうだとすれば、犠救制度の趣旨から返戻義務が当然に導き出される以上、その金額の算出方法も最も合理的とみられる右の方法によるべく、この理は、細則にその方法が明記されているか否かによって異なるものではないと解される。
よって、被告ら中一括補償を受けた者は、右の方法により算出した額を原告に返戻する義務がある。
次に、三年毎補償方式により支給を受けた者についてみるに、規定(7)の第四六条第一号但書は、「救済を要しなくなった月以降については月割計算により返戻しなければならない」旨定めているところ、(証拠略)及び弁論の全趣旨によれば、原告は、右規定の解釈として、補償すべき組合在籍期間を月単位に計算し(一月未満は一月とする。)、これに基づいて組合員資格喪失までの補償すべき金額を算出し、補償金支給額からこれを控除して返戻すべき金額を算出するという方法をとっていることが認められ、この方法は、三年毎補償方式のもとにおける返戻金額算出の方法として合理的なものである。従って、規定上、右のような方法が定められていない場合も、――返戻義務が肯定される以上、――右の方法によって返戻金額を算出するのが相当である。
よって、被告ら中三年毎補償方式による補償を受けた者は、右の方法により算出した額を原告に返戻する義務がある。
そして、(証拠略)によれば、前記各算出方法により算出した被告らの返戻すべき金額は、別表の各被告名下の「請求額」欄記載のとおりであることが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。
四 次に、抗弁について判断する。
1 抗弁1について
本件犠救金返戻義務は、犠救制度の趣旨から当然に導き出されるものであり、返戻に関する原告の規定もこの当然の事理を確認的に明文化したものにすぎないことは、前述のとおりであるから、原告の本訴請求は、原告らにおいて前渡しをした、もともと被告らにおいて受給権のない補償金相当分の返戻を求めるにすぎないのであって、脱退を理由に新たに不利益を課するというものではない。
また、原告の組合員が、脱退に伴い犠救金返戻の義務を負うことから、事実上原告を脱退しがたいという心理的制約を受けるとしても、その目的の達成のため組織の維持、強化を図ることを要請される労働組合の制度上、この程度の制約が生ずることは、まことにやむを得ないものというべきである。
従って、抗弁1は理由がない。
2 抗弁2について
本件全証拠によっても、原告の本訴請求が、原告を脱退して全郵政に加入した被告らに対する報復手段として被告らを困惑させる目的のみをもってなされたものと認めることはできないし、仮に、原告が、その労働組合としての目的に背馳すると考える者に対しては返戻義務の履行を求め、右目的に背馳しないと考える者に対しては右履行を求めないということがあったとしても、このようなことはもともと原告の自由な決定に委ねられるところというべきである。
以上によれば、原告の本訴請求は、権利の濫用とはいいえないから、抗弁2も理由がない。
3 抗弁3について
原告の指令に基づき被告らが参加した本件各ストライキが公共企業体等労働関係法第一七条に違反する違法なものであるということを前提として考察しても、原告の組合員としては、原告の組織機構を通じてその機関決定に自己の意見を反映させ、又は自己の違法と信ずる指令にあえて違反し、その結果受けるかもしれない制裁に対しては法律上の手段を用いてこれを争い、或いは原告を脱退してその統制から離脱するなどの余地が残されている以上、たとえこれらの方法を選ぶことに事実上の困難があったとしても、これをもって組合員の意思決定の自由を著しく拘束する強制ということはできず、従って、被告らが、これらの方法をとらないで本件各ストライキに参加した以上、それは自己の責任においてなした自発的行為たる性格を脱しないものであるから、その結果被った損害も自己の選んだ行為の結果として自ら甘受するほかなく、これにつき原告の不法行為責任を追及しうる筋合ではないというべきである。そして、(証拠略)によれば、ストライキの直前から当日にかけて、原告の役員等からその組合員に対しストライキ参加への説得活動が相当強く行なわれたことが認められるけれども、更に進んで、ストライキ参加についての被告らの意思決定の自由を著しく拘束するに足りる程度の行為が行なわれたとまでは認められないし、他に、原告が組織として、被告らの意思決定の自由を著しく拘束するような行き過ぎた行為を行なったり、詐言を用いたりしたことを認めるに足りる証拠はない。
以上によれば、原告に不法行為責任を認めることはできないから、右の責任を前提とする抗弁3も理由がない。
第二 次に、原告と被告宮本らとの関係について検討する。
被告宮本らは、いずれも適式の呼出しを受けながら、本件口頭弁論期日に出頭せず、答弁書その他の準備書面も提出しないから、請求原因事実を自白したものと看做す。
第三 更に、原告と被告加納との関係について検討する。
請求原因事実については当事者間に争いがない。
第四 以上によれば、被告らは原告に対し、それぞれ別表の各被告名下の「請求額」欄記載の金員を支払う義務があるが、その履行期の点については明文の定めがないところ、原告主張のように解すべき合理的理由はないから、催告のあった時から遅滞を生ずると解すべきであり、結局、本件訴状送達の日の翌日から遅滞に陥るものといわなければならない。
よって、原告の被告らに対する本訴請求は、別表の各被告名下の「請求額」欄記載の金員及びこれに対する訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな同「訴状送達の日の翌日」欄記載の日から完済に至るまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるから、これを認容し、その余はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条、第九三条を、仮執行の宣言につき同法第一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 石井宏治)